飼うと暮らすのはざまにあるもの

小学6年生のころ 犬を飼いたくなり親父に相談した

2週間後 親父はボクサー犬をブリーディングしている知り合いから1頭分けてもらう段取りを既につけており 「どんな犬がいいんだ?」の段階を飛び越し オートマティックに初めて飼う犬がボクサーとなった なっていた

知り合いのお宅にお邪魔すると庭の大きなクレートの中に5頭ほどがおり 通された部屋の中にどでかい母犬がノシノシ歩いていた

家に連れて帰り 当然家の中で飼おうと思っていた私に「犬は外」と両親は主張した 折衷案として初日だけ玄関と廊下のスペースで様子を見ることになったが… 翌朝ウンコだらけの廊下を目の当たりにし これはムリかも と自分が折れる形になった

子供のわたしにトレーニングすれば出来るようになるなんて知恵もなかったしウンコだらけの新築の玄関をみて怒り狂うオフクロをなだめる術もなかった

小学生の私の坐れ待てのコマンドにも従い 愛嬌たっぷりで従順かつ頭のい犬だった 名前をペレとつけた 顔が似ていた

大学に進み久しぶりに帰省した私を忘れることなく飛び跳ねて喜んでいたのを今でも覚えている

潜在意識のなかに残る部屋飼いのボクサー や 昔オーディオコンポ(KENWOODだったと思うんだけどYouTubeで探しても出てこない誰か知りませんか?ご存知の方は教えてください)のCMで部屋にブルドックがノシノシ歩いている絵の刷り込みの末 将来俺も部屋で犬を飼うんだ!と決めていた気がする

のちにカナダで暮らすことになり犬と散歩する トレイルを走る バイクについて行く 山でパトロールにお供する犬たち(とその飼い主たち)を見て日本とカナダの人と犬との距離感の違いに触れる

パートナー バディーと言う言葉がふさわしいその距離感は人と犬ではなく生き物と生き物の距離感であるように感じた

尊重もするし対等に依存し協調しているような(カナダとはいえもちろん例外もありますが)

子供の頃の「犬を飼う」から「犬と暮らす」への変遷を再考してみた

仕事暇だなあ 俺

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